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広島地方裁判所 昭和47年(行ウ)32号 判決

原告 岡田俊男 外二名

被告 福山市長

主文

一、被告が、原告らの被告に対する昭和四七年九月六日付住宅資金借入申込に対し、同日この受理を拒否した処分をいずれも取消す。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、請求の趣旨

主文同旨

二、被告の答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

1  原告らは、昭和四七年九月六日、福山市住宅資金貸付条例施行規則五条にもとずき、被告に対し住宅資金借入申込書と、これに住宅建築、改修等の工事見積書、及び工事図面とを併せて提出し、住宅資金借入申込をしたところ、被告は右申込が福山市住宅資金借入希望調書取扱要領所定の借入希望調書を具備していないことを理由に受理を拒否する処分(以下「本件拒否処分」という。)をした。

2  福山市は、昭和四三年四月一日条例第一五号福山市住宅資金貸付条例(以下本件条例という。)を制定し、不良住宅の集合する同和地区において不良住宅の改修、住宅の新築又は宅地の購入に必要な資金の貸付を行なうために必要な事項を定め、同和地区の居住環境の整備改善を図ることにし、更に同日付規則第一六号福山市住宅資金貸付条例施行規則(以下本件規則という。)によつて本件条例の手続的事項を定めた。右規則によれば住宅資金の貸付を受けようとする者は、借入申込書を市長に提出し(本件規則五条一項)、借入申込書には住宅新築もしくは改修工事の工事見積書及び工事図面を添付する(同条二項)ことになつており、市長は借入申込の内容を審査のうえ貸付けるか否かを決定する(本件規則六条一項)ことになつている。

3  ところで、部落解放運動の組織である部落解放同盟内部の意見の対立から部落解放同盟広島県連合会福山市協議会(以下解同市協という)と、部落解放同盟正常化全国連絡会議広島県連合会福山市協議会(以下正常化市協という。)とに分裂し、両者は深刻な敵対関係にあるが、被告は、解同市協が同和対策事業に対し要求するいわゆる窓口一本化を受け入れ、昭和四五年八月四日解同市協との間に確認書を作成し、(イ)交渉団体は中央本部につながる解同市協を唯一のものと認めその他の団体は認めないこと、(ロ)市の同和事業は全地域を対象に行ない、未組織地区に対しては無定見に事業を行なわず、解同市協の意見を聞いて行なうこと、(ハ)市は解同市協を補助対象団体と認めその他の団体を認めないことの三点を確認事項とし、これを同和行政の三原則として、正常化市協所属の者等解同市協に所属しない者に対しては窓口を開かず差別的な行政を行なつてきた。

4  そして、本件条例にもとづく住宅資金貸付についても本件条例及び規則のほか別に福山市住宅資金借入希望調書取扱要領(以下本件取扱要領という。)を定め、住宅資金の借入れを希望する者は福山市が定める住宅資金借入希望調書に解同市協支部役員または生活相談員の意見を添えて提出し、しかるのちに本件条例及び規則にもとづく借入申込をなすべきことと定めた。

5  しかし、本件取扱要領は以下のとおり、本件条例及び規則をはじめ憲法その他の法規に違反し違法無効のものである。

(一) 本件取扱要領は、本件条例及び規則に根拠をおくものでなく、法令にもとづかず住民に対し制約を課すものであり、憲法九七条、九八条一項が定める法の支配の原則に違背する。

(二) 本件取扱要領は、本件条例及び規則に内容的、手続的に違背しており、適正手続を保障した憲法三一条に違反する。

(三) 本件取扱要領は、解同市協の意見が付してなければ借入申込をなしえないものとする結果、解同市協と思想信条所属を異にしその意見をえられない者が貸付を受けられないことになり、憲法一四条の法の下の平等の原則に違背し、地方自治法一〇条二項の規定する住民の権利を侵害するものである。

(四) 本件取扱要領は住宅資金の貸付権限を事実上解同市協に委任する結果になり、地方自治法一三八条の二の定める執行機関の義務に違反する。

6  以上のとおり、本件取扱要領は違法無効であり、被告が原告らが本件条例及び規則に従つてなした住宅資金借入申込の受理を拒否することについては正当な理由はなく、本件拒否処分は違法であつて取消しを免れない。

二、請求の原因に対する認否及び被告の主張

(一)  請求原因1、2の各事実はいずれも認める。3の事実のうち、福山市長と解同市協との間に確認書が作成されたことは認めるが右確認書の内容並びにその余の事実を争う。4の事実を認める。5、6の主張はいずれも争う。

(二)(1)  憲法九七条、九八条一項違反の主張について。

本件条例にもとづく住宅資金貸付制度は、同和地区住民の生活環境等の整備改善を図るため、同和地区住民に対し住宅の新築、改修又は宅地の購入に必要な資金を貸付け、公共の福祉に寄与することを目的とするものであるが同和地区住民とは「日本社会の歴史的発展過程において、形成された身分階層構造にもとづく身分差別により近代社会の原理として何人にも保障されている市民的権利と自由を完全に保障されていない人々」(同和対策審議会答申)で今日もなお社会的現実としての身分差別があるために一定地域に居住し、またはその地域から離脱して一般地域に混住していても、伝統的集落の生れであるがために陰に陽に身分的差別を社会的に受けることにより日常生活のうえで実害を蒙つている者をさしていう。そして住宅資金の借入を希望する者が同和地区住民であるか否かを行政当局が職権で調査することは性質上困難であるばかりか、被調査者の出身地あるいは周囲に対して事情聴取を行なう等の調査方法を採らざるをえないため、差別を助長することになり被調査者の人権を侵害する虞れが大きい。そこで被告は、本件条例の趣旨にもとづき、本件取扱要領を定め、福山市内の同和地区住民の大多数が加入している解同市協の支部役員、または同和地区住民の生活の安定及び福祉の向上に寄与し部落問題完全解決の早期実現を図るために設置された福山市生活相談員から借入希望者が同和地区住民であるか否かの意見を徴することとし、借入希望者に対し右意見を借入希望調書に添付して提出させることとした。このような方法は貸付対象者である同和地区住民を客観的に把握するため最善最大の行政効果を挙げうる方法である。そして本件取扱要領は被告が本件条例及び規則を適正に執行するため、制定し、一般に公示したものであるから執行命令としての効力を有するものである。ところが原告らは本件取扱要領に反し、同和地区住民であることを証する何らの資料を添付せず借入申込書を提出したので被告はその受理を拒否したものであり、法治主義の原則もしくは法律による行政の原則に照して当然の措置である。

(2)  憲法三一条違反の主張について。

憲法三一条が行政手続について適用ないし準用されるとしても、それは生命または自由に重大な制限を加えるおそれのある行政処分(予防拘禁、行政検束、集会、示威運動の制限、団体の解散等)に限られ、本件拒否処分についてはその適用ないし準用がないと解すべきである。

(3)  憲法一四条、地方自治法一〇条二項違反の主張について。

原告らは、本件取扱要領による取扱いが、憲法一四条の法の下の平等に反し、地方自治法一〇条二項所定の住民の権利を侵害する旨主張するが、右要領によれば解同市協の意見が求められないときは、生活相談員の意見をうればよいのであつて、解同市協の意見がなければ住宅資金の借入ができないというのではなく差別的取扱いにはあたらない。なお、生活相談員は福山市生活相談員設置要綱にもとづき、部落解放について深い認識と豊かな実践経験とを有し、地区住民の生活指導相談に適切に対応できる者のうちから委嘱されるものであつて、解同市協との関係は選任にあたつて全く考慮されていない。選任の根拠は地方自治法一七四条であり、身分ないし地位は地方公務員法三条三項三号の特別職である。

(4)  地方自治法一三八条の二違反の主張について。

原告らは、本件取扱要領による取扱いが地方自治法一三八条の二の執行機関の義務に違反すると主張するが、被告が解同市協の意見を求めるのは、住宅資金の借入希望者が同和地区住民であるか否かを確認する際の参考資料としてであり意見を付した借入希望調書の提出がなされた後、更に書類、実態調査をなしたうえ借入予定者を決定し、しかもこれに住宅資金を貸付けるか否かは被告が最終的に決定する手続になつておるから被告が自己の権限を解同市協に委任することにはならない。また、同和行政は、行政当局が主体性と責任をもつて施策すべきことは当然であるが、国の同和対策審議会答申で述べられているように、同和問題を根本的に解決するためには、同和地区住民の自発的意思にもとづく自主的運動体と緊密な連けいと調和を保たなければならないところ、福山市としては解同市協を自主的運動体と認めこれと緊密な連けい調和を保ち、同和行政の最大の効果を図り、同和問題のすみやかな解決を計ろうとするものであつて、正常化市協は自主的運動体と認めることができないものである。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、福山市の定めた本件条例、規則、取扱要領の内容が原告ら主張のとおりであること、原告らが昭和四七年九月六日本件規則五条に基き住宅資金借入申込をなしたところ、被告が本件取扱要領所定の借入希望調書を具備していないことを理由として右申込受理を拒否したことは当事者間に争いがない。

二、原告らは先ず本件取扱要領が本件条例、規則に拠らないで住民に制約を課すものであると主張するのでこの点につき判断する。本件取扱要領の内容の詳細は成立に争いのない乙第一五号証によれば住宅資金の借入を希望する者は市所定の「住宅資金借入希望調書」に該当事項を記入し、解同市協支部役員又は福山市生活相談員の意見を添えて被告に提出すること、被告は右借入希望調書により書類調査、実態調査を行ない借入予定者を決定し、右借入予定者は市所定の住宅資金借入申込書に該当事項を記入し必要な書類を添付して被告に提出することを定めていることが認められる。そして右にいう意見は借入申込者が同和地区住民であることの資格認定に関するものであることは被告の認めるところである。

これによれば住宅資金の借入申込をなす者は先ず事前に借入希望調書を提出し、しかもそれには解同市協支部役員又は生活相談員から自らが同和地区住民たることの意見を受けなければならないことになる。そこで本件取扱要領制定の経緯について検討するに、証人小野喜代登、小畠本企の各証言によれば本件住宅資金の貸付は同和対策事業の施策としてなされるものであり、同和地区住民に福祉を与えることを目的とするものであるから住宅資金借入申込者が同和地区住民であることを要するが、同和地区内には一般住民も混住するので単に居住地を証するだけでは足らず同和地区住民すなわち部落出身者たることが明らかでなければならないが市当局がこの調査を行うにおいては勢い同和地区住民に対する差別を助長する弊害が生じ却つて同和対策事業の本旨にもとる結果となるおそれがありむしろ借入資格の調査は同和地区住民自ら又は部落解放運動に関心を持つ生活相談員の意見によるのが得策であると判断したものであることが認められ本件条例規則の施行につき本来市当局が調査すべき事項を借入申込者の協力によつて右意見を徴させ行政事務の円滑な運営を計ろうとしたものと解せられるからその限りでは右取扱は実質において本件条例規則以上の制約を課するものというには当らない。又前記証言によれば本件取扱要領は被告が福山市公告式条例による公告を経たのち執行したもので規程に相当するものと解せられるから原告主張のように法治主義の原則に反するともいえない。

三、つぎに原告らは本件取扱要領によると解同市協支部役員の意見がなければ住宅資金の借入申込ができないこととなり解同市協に属しない者は右意見をえられないため折角の本件条例規則による住宅資金の貸付を受けられないと主張するのでこの点につき判断する。

成立に争いのない甲第九ないし第一一号証、乙第一ないし第三号証、及び前記小野、小畠各証言によればつぎの事実が認められる。すなわち、福山市内における同和地区住民の中には解同市協に属する者と右解同市協の部落解放運動に対する考え方に対立しこれから独立して別個に組織された正常化市協に属する者と他にいずれの組織にも属しない住民とが存在しているところ福山市は政府の同和対策審議会答申に依拠して同和行政を推進するにつき、同和地区住民の自主的運動体と連けい協調する必要を認め、中央に連絡する解同市協を自主的運動体と評価しこれを同和行政の窓口とし唯一の交渉団体として扱つてきた。従つて本件住宅資金の貸付に当つても借入申込者が同和地区住民であることの意見を解同市協支部役員から求めさせる手続を採用したものである。以上の事実が認められこれに反する証拠はない。

ところが証人岡田明の証言及びこれにより真正に作成されたことが認められる甲第一二、第二三、第二七号証、第二九ないし第三一号証、第三五ないし第四五号証、成立に争いのない乙第三号証、並びに記録中の福山市民会館使用に関する行政処分執行停止決定仮処分決定等によると正常化市協は福山市の右同和行政窓口一本化の姿勢に強く反発し同時に解同市協に対し鋭く対立して暴力的紛争にまで発展した経緯のあることが認められ又小畠証言によれば市当局自身解同市協に属しない借入申込者に対しては生活相談員に意見を求めるよう指導していることが認められるのであつて解同市協に属しない者が解同市協支部役員に意見を求めても意見をえられない等不利益を蒙ることが容易に窺うことができる。

しかも前記小野、小畠証言によればこれまで住宅資金貸付の実情は、市当局としては借入希望調書に同和地区住民であることの意見の記載がなされていれば改めて調査をすることなく右意見を借入資格認定の唯一の資料としてきたことが認められるから原告ら正常化市協に属する者は右意見をえられない場合本件条例規則があるにも拘らず住宅資金貸付を受けられない結果になることが認められる。

被告は右意見について、本件取扱要領は解同市協支部役員又は福山市生活相談員の意見を付してと選択的に規定しているから解同市協に属しない者は生活相談員から意見をうればよいと謂うけれども成立に争いのない乙第六、第七号証(福山市生活相談員設置要綱)によれば生活相談員は部落解放に深い認識と豊かな実践体験を持ち同和地区住民の生活指導相談に適切に対応できる者の中から解同市協との協議を経たうえ委嘱するとされており生活相談員も人選につき解同市協の意向が尊重される結果当然に解同市協側に同調する者が市当局から委嘱されるものと考えざるをえない。現に成立に争いのない乙第九、第一〇号証並びに前記小畠証言によれば昭和四七年度に委嘱された生活相談員一〇名のうち九名が解同市協に属する者であり、昭和四八年度以降は全員解同市協に属する者であることが認められ又原告岡田堅二本人尋問の結果によれば同原告が同和対策事業である児童手当の支給を受けるに際し右同様生活相談員の意見を求めたところその生活相談員から解同市協の運動に協力しない者には意見を出さないと断られた経験のあることが認められるのであつて生活相談員も解同市協側の立場に在る者というを妨げないので正常化市協に属する者は生活相談員からも公正な意見を求めえない虞れが充分あるものと認めざるをえない。

もとより意見を求められた当該解同市協支部役員又は生活相談員が解同市協の立場に在りながらも正常化市協に属する借入申込者のため公正な意見を付す場合のあることも否定できないけれども前記解同市協と正常化市協との間が深刻な敵対関係にあることを考慮すると(本件口頭弁論終結時において右敵対関係が解消されたと認めるに足る証拠はない)解同市協の立場に在る者が正常化市協に属する者の利益を保護する任に当るべきことを通常期待することは困難であり正常化市協に属する者が不利益を蒙るおそれが客観的に認められる本件取扱要領は公正な手続制度ということはできず又部落解放運動に対する考え方所属団体の違い、いわば信条において差別をもちこむ不合理な制度と認めざるをえない。同和行政はその受益が同和地区住民全体に対し等しく及ぶことが肝要であつて福山市当局の行政の公平性が確保されることにより同和地区住民の行政に対する信頼をつなぐことができるものと思料される。

四、冒頭判示のとおり被告は原告の昭和四七年九月六日付住宅資金借入申込に対して本件取扱要領所定の前記意見を付した希望調書を具備していないことを理由として右申込を拒否したのであるが本件取扱要領の内容には右判示の違法が存するものであつて被告は本件条例規則に基いてなされた原告らの右申込を拒否しえないものと解すべきであり本件拒否処分は違法であり取消を免れない。

よつて原告らの本訴請求は理由があるから認容し訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田辺博介 平湯真人 田中澄夫)

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